JWA REPORT

東京湾を世界遺産に!
20年以上続くアマモの森作り

PROJECT
2022年7月31日
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地元の海に貢献したい

私はこれまで世界の海を月1回のペースで取材するという仕事を長年続けてきました。しかしコロナ禍で移動が制限されてしまったある日、ふと思いました。

「地元・横浜の海にあまり触れてこなかったなぁ」

地元の海の理解を深めたい、大好きな海のために役立つことがしたい・・・・・・色々な思いに駆られ、最近は「アマモ」という海草を育てる活動に参加しています。

浅瀬に広がるアマモの草原は「アマモ場」と呼ばれ、たくさんの生き物たちの住み処や産卵床にもなり「海のゆりかご」とも称されています。東京湾でも昔はたくさん生えていたそうですが、1960年代から沿岸の埋め立てや温暖化などによってどんどん減少し、1990年代前半にはほとんど消滅してしまったのだそう。そんなアマモ場を取り戻そうと、2001年に「NPO法人 海辺つくり研究会」が設立され、再生活動が始められたのです。

東京湾内で活動の拠点となるのは横浜・金沢八景沿岸にある「野島」「海の公園」や、千葉の木更津。いずれも遠浅で、かつての江戸前の雰囲気を残す風光明媚な場所です。

アマモが生い茂る東京湾・横浜の海中
アマモが生い茂る東京湾・横浜の海中

CO2削減のキーとなるブルーカーボン

アマモ場があることによって、他にもたくさんのメリットがあります。

①水質浄化 ②生物多様性の保全 ③CO2(二酸化炭素)の吸収・固定 ④海岸の保全 ⑤環境学習の場

中でも最近は③の「CO2の吸収・固定」に大変注目が集まっています。植物は育つ時、CO2(二酸化炭素)を吸収し、O2(酸素)を出し、C(炭素)を自分の体に固定します。

陸上の森林などが吸収・固定する炭素が「グリーンカーボン」と呼ばれるのに対し、海草やワカメ、マングローブなど海の植物が吸収・固定する炭素は「ブルーカーボン」と呼ばれています。特筆すべきは、ブルーカーボンが大気中のCO2も吸収していること。さらに年間の吸収量は、陸の植物が19億トンに対し、海の植物は25億トンと、海のほうが上回っていることです。(※1)

気候変動の主な要因とされるCO2。2020年10月、当時の菅総理は2050年までにCO2の排出量を実質ゼロにすると宣言しました。「カーボンニュートラル」「脱炭素社会」を目指す上でCO2の排出を削減するのはもちろん、吸収量を増加させることも重要です。そこでブルーカーボン、すなわちアマモがCO2削減の新たな切り札として期待されているのです。

海から見える環境問題

アマモは浅い海に根を張る種子植物で、春に花を咲かせ、夏に種を落とし、秋に芽吹いて成長します。そのサイクルに合わせ、夏は海で種(花枝)を集め、秋はプランターの苗床に種をまき、春には30〜40cmに成長した苗を海底に移植するなど、稲作のような活動を地道に行います。

そんな中、東京湾を観察しているとアマモがいかに重要かがよく分かります。光合成によりアマモの葉から酸素の泡がフツフツと湧き上がり、周辺の水はとても澄んでいます。これまで東京湾=真っ黒なイメージだったのですが、南国の海に負けない透明度に驚かされました。周辺ではカニやハゼなどたくさんの生き物も観察でき、サンゴ同様、生物多様性を保つのに欠かせない存在なのだと改めて気付かされます。

いっぽう、気候変動の影響でアマモの種が取れなくなっているエリアがあったりと、危機感を持つこともあります。

アマモの種(花枝)
アマモの種(花枝)

広まる「ブルーカーボン」の取り組み

「海辺つくり研究会」によるアマモ場再生は、市民活動としては国内で最初にスタートしました。今では全国に普及し、毎年「全国アマモサミット」も開催されています。近年はカーボンニュートラルを目標に掲げる企業も積極的に参加し、これまで蓄積されたノウハウやデータが生かされています。

さらにアマモ場再生は環境教育の場にもなっていて、横浜の活動には金沢小学校の生徒たちも参加しています。校内でアマモを育て、移植すると同時に国土交通省の関東地方整備局へ種の一部を持参し、東京湾の環境改善の政策提言を毎年続けています。2021年6月にはその活動が評価され環境大臣賞を受賞しました。

また、2020年に発足したジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)では、ブルーカーボンを用いたカーボンオフセットの仕組みづくりを行い、海辺の再生プロジェクトなどによって吸収されたCO2量を独自の「Jブルークレジット」として認証し、企業などへ販売する取り組みも行っています。

環境を左右するのは住人のモラル

今や国交省、環境省、水産庁、企業、研究者など多くのジャンルの人々が関わるアマモ場再生を長年牽引しているのが「海辺つくり研究会」理事・事務局長の木村尚さんです。海洋環境のスペシャリストであり、日本テレビ「ザ!鉄腕!DASH!!」のDASH海岸にもレギュラー出演されています。木村さんは、この取り組みの目指すところについて次のように話してくれました。

「最近は企業での取り組みも増えてきました。多くの人が環境再生に関わることで日々の生活を改めれば、モラルも向上し高度な経済発展をしながらきれいな海が保たれる・・・・・・そうなったら東京湾が世界遺産になるのも夢ではないです。最終的には東京湾を世界遺産にしたいと思っています」

海はその土地に住む人の環境意識を反映する鏡。東京湾は国土面積の約2%に過ぎませんが、流域人口は約 2,900 万人と全人口の約23%を擁します。それだけに、意識と行動を変えれば世界遺産は夢ではない・・・・・・私の中でも心躍る目標ができました。

花枝採集の様子(千葉県)
花枝採集の様子(千葉県)

文◎坂部多美絵
スキューバダイビング専門誌「月刊DIVER」元編集長。自らダイビングインストラクター・潜水士の資格を保有し、海のスペシャリストとして国内外の水中とビーチリゾートを取材。ダイビングトータル本数1500本以上。現在は海やSDGsをテーマにした執筆、トラベルエディターとしても活動。

※1出典:CO2の新たな吸収源(国土交通省港湾局)
https://www.mlit.go.jp/kowan/content/001394945.pdf
写真提供:海辺つくり研究会