CULTURE

ウミガメと泳いだ日、
海の悲鳴が聞こえてきた

QUESTION
2022年6月30日
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浅瀬の海に現れるようになったウミガメ

ここ数年「ウミガメと一緒に泳ごう!遭遇率100%」というスノーケリングツアーのネット広告を目にするようになった。鹿児島県の奄美大島や沖縄県の宮古島の話だ。

ウミガメは野生動物なので遭遇率が100%というのはともかく、たまたまある航空会社の機内誌の取材でその両方の島へ行った時に、1.5 ~2mくらいの浅瀬で本当にアオウミガメに出会えた。しかも、そのウミガメはのんびりと砂地に生える海草を食べていて、私が近づいても気にする様子もなく一緒に泳ぐことができた。

ウミガメと一緒に泳ぐなんて、そうそうできる話ではない。私の経験では、スクーバダイビングでもっと水深の深いところへ行かなければ、ウミガメに出会うことなどできなかったからだ。

いつから浅瀬の海でお手軽にウミガメと遭遇しやすくなったのか、その一部始終を私は沖縄県の西表島で目の当たりにした。

希少な海の種子植物、ウミショウブ

私は2010年頃から浅瀬に広がる藻場を撮影するために西表島に4年の間通い続けていた。その撮影も終盤に差しかかったある日、地元の漁師からウミガメが頻繁に漁網にかかるようになった、という話をよく耳にするようになった。猟師たちはウミガメを漁網から外し海へ帰すのだが、その後も毎日のようにウミガメが網にかかり、網から外す手間ばかりで仕事にならないとぼやいていた。しかし、それは単なるぼやきではなく、ちょっとした海の変化に敏感な彼らは、これが異変であることをしきりに訴えていた。

私が浅瀬の藻場で主に撮影していたのは、インド洋から西太平洋の熱帯、亜熱帯に分布するウミショウブという海草で、日本では西表島と石垣島のごく限られた海域でしか見られない植物だ。ウミショウブは花を咲かせて実をつける種子植物で、もともとは陸の植物だったのが、海に適応したと考えられている。ちなみにワカメや昆布は海藻で藻類に分類され、胞子で増える。ウミショウブの葉の長さは50〜150㎝もあり、その群落はまるで海の草原のようだ。夏になると一斉に開花するのだが、海面が真っ白に染まる時もある。また、ウミショウブの草原は小魚や稚魚にとっては安全な隠れ場所であり、アオリイカなどの産卵場所にもなっている。海の生き物たちにとって大切な場所なのだ。

増えすぎたアオウミガメがウミショウブを食べ尽くす

ウミショウブの撮影を終えて3年後の2018年、久しぶりにウミショウブの群落へ行ってみると、驚いたことに海の草原が消えていた。海中を覗いてみると、ウミショウブの根元から刈り取るように切られている。アオウミガメの仕業であるとすぐにわかった。アオウミガメは草食性なので、海の植物を主に食べている。彼らが食べ尽くしてしまったのだ。

海の漁師が異変を訴えていたときに、こうなることを予測すべきだった。何らかの原因でアオウミガメの数が増えすぎてしまい、食べものを求めて浅瀬まで入り込み、普段はあまり食べないウミショウブまで食べるようになったのであろう。

猟師たちはウミガメの保護のし過ぎだと言っていた。実際、アオウミガメに限らずウミガメ類は、彼らの産卵場所である海岸エリアの開発のせいでその数が激減し手厚く保護されてきた。アオウミガメは絶滅危惧Ⅱ類とされ、そのカテゴリー区分はゼニガタアザラシやアホウドリと同じランクだ。

何が原因でアオウミガメの数が増えているのかはわからない。もし猟師たちの言葉が正しければ、ウミガメの数を減らしてしまった人類が、それを回復させようとした善意の気持ちがこのような結果を招いたことになる。自然界は生命のバランスの上に成り立っている。それを無視すると自然は一変してしまう。

ウミショウブの藻場が消えてから、猟師たちから魚がとれなくなったという声が聞こえるようになった。あきらかに海のバランスが崩れてきている。

ウミガメたちが藻場の海草を根こそぎ食べ尽くしたとき、彼らは食べものを失うことになる。私と一緒に泳いだウミガメは、もしかすると食べものを求めて北上した者だったかもしれない。

ウミガメと泳いだとき、海の悲鳴が聞こえてきたような気がした。

写真・文◎横塚眞己人(よこつか・まこと)
1957年、横浜生まれ。写真家。日本写真家協会会員。大学卒業後、雑誌編集者を経て写真家になる。1985年から1994年まで沖縄県の西表島に移り住み、イリオモテヤマネコをメインに、「命のつながり」をテーマとした撮影活動を続ける。1996年から活動を海外に移し、東南アジアを中心に熱帯雨林、人々の文化、環境問題など幅広いテーマで撮影活動を続けている。2003年5月、毎日放送/TBS系列「情熱大陸」に出演。2011年から子ども向けの写真絵本の製作を本格的にはじめる。主な著書に「ゾウの森とポテトチップス」(そうえん社)、「季節のごちそう ハチごはん」(ほるぷ出版)など多数。