WATERMAN'S TALK

Passion,That is all you need and everything else will come along
情熱さえあれば道は開ける

今月のウォーターマン
2022年6月30日
main image

PROFILE

  • アニー・ライカート

    Annie Reickert
    プロサーファー

男子も女子も関係なく、小さい頃から仲間と競い合ってきた。今も性差を感じることはない

WATERMAN’S TALK (今月のウォーターマン)は、毎号一人のWATERMANを紹介していく連載企画です。WATERMANの一般的な定義はありませんが、ここでは「海が大好きで、海に感謝の気持ちを持ち、海の窮状を目の当たりにして、海のために何か行動を起こしている人物」とします。13回目は初の女性、今、注目の若きウオーターマンのアニー・ライカートさんです。マウイで生まれ育った彼女も今年で20歳、その天真爛漫な笑顔は、5歳くらいのちびっ子サーファーだった頃から全く変わりません。オーシャンスポーツのいろいろな分野で戦っていますが、常ににこやかで勝ち負けにあまり左右されないメンタルのタフさを感じます。

今年は、最高のビッグウェイバーを称える「ビッグウェイブ・ライド・オブ・ザ・イヤー」を受賞、16歳の時に初めてジョーズの波にパドルで挑戦して以来、ビッグウエイブは彼女の大きなフォーカスとなっていて、まだまだこれからどんどん成長していくでしょう。でもビッグウエイブに乗れるのは年に数回。それ以外の日も毎日いろいろな道具を使って海に入り、レディースというカテゴリーを感じさせないレベルで男性と一緒に切磋琢磨している彼女を見ると、新しいジェネレーションの女性像を見ている実感があり、その姿は強く美しく優しく、感動さえ覚えます。

━━━ ずいぶん前から選手として世界を回っているのでベテランの感じがしますが、まだ若いですよね。

20歳ですが、7月17日生まれなのでもうすぐ21歳です。お酒も飲めるようになります(と言ってぺろっと舌を出した)。

━━━ 生まれも育ちもマウイですか?

はい、マウイのプカラニ出身で、今もそこに住んでいます。両親はハードコアなサーファーではないのですが、週末はいつも家族で海に行っていたので、物心がついた頃からサーフボードに乗って押してもらいながら波に乗ったりしていました。多分2、3歳の頃から。

サウスサイドのメローなスポット、プアマナというところに行っていました。でも大会とかはローカルキッズイベントのメネフネメイハムとかに参加するくらいでそんなに上手ではなかったです。

━━━ いつ頃から選手として大会やレースに出るようになったのですか?

10歳か11歳の頃、初めて自分のボード(SUPボード)をもらってすごく嬉しくて。ナッシュの板で、人生で最高の日!って思ったのを覚えています。スタンドアップボードを始めて、それでローカルレースとかコンテストに出るようになり、それからみんなの応援もあって段々と大きな大会に出るようになっていきました。

━━━ 小さくて細い小さな女の子だったアニーが、いろいろなところで一生懸命にサーフィンしたり、サップで波乗りを始めたりしていたのは私たちもよく覚えていますが、最初はデイブ・カラマからレッスンを受けて、インサイドで波の様子を見たり、周りの人に迷惑をかけないようにマナーを教えてもらいながら乗っていましたね。

デイブにはサップのレッスンを何回か受けました。少し年上のスカイラー・リックルがよくデイブと一緒にタイディーボール(沖にある、ハードで大きな波が割れるポイント)に行ってチューブに挑戦したり、大きな波に乗っているのを見てかっこいいなー、いつかは私も乗れたらいいなって思ってました。

━━━ それが今や世界で一番大きな波、ピアヒにパドルアウトしていくのだからすごいですね。

周りの仲間のおかげです。いつも一緒に海に入っている仲間はジェフリースペンサーで、彼とは小さな頃からずっと同じ学校で、海ではいつもライバル的な存在でした。彼とその弟のフィンと一緒によく海に入っていて、サーフィンやサップだけでなく、フォイルもウイングも一緒に練習していたのでいつもプッシュしてくれます。

━━━アニーを見ていていつも感心するのは、男性に引けを取らず、全く同等なスタンスでパフォーマンスしていますよね。女性だから無理とかそういう気持ちが一切感じられません。

小さい頃は男の子も女の子も全く同じじゃないですか。反対に女の子の方が体が大きかったりして強かったりする時期もありますよね。そんな頃に一緒にサーフィンやサップを練習し始めたので、確かに性別を意識したことは全くないですね。

13歳の時、波がかなり大きかった日にアウターリーフ(沖にあるリーフの棚でブレイクする波でサイズのあるうねりがないと割れない)の波に挑戦したくて、ジェフリーに声をかけて一緒にパドルアウトしてアウターリーフまで行ったことがあります。二人でドキドキしながら沖まで行ったんです。いつもの波よりずっとパワフルで怖かったけど、そんなことに一緒に挑戦できる仲間が子供の頃からいたこと、そして今までもフォイルやウイング、トゥインなどでパートナーとしてやっていることはほんとにラッキーだと思います。

━━━ そのおかげでビッグウエイブでもウイングフォイルのジャンプでのバックループやサップボードやフォイルボードでの海峡横断など大きな挑戦も男性と対等にやってきたということかな?

そうかもしれません、性別はほんとに意識したことはあまりないです、同じ仲間と思ってるから。

とにかく海が好き。いつでも海に入っていたいから、いろいろなオーシャンスポーツにチャレンジする

━━━ 話は戻りますが、ただ楽しくサーフィンしていた頃、選手として世界中を回るようになったきっかけはなんですか?

普通のサーフィンもスタンドアップパドルも楽しんでやっているうちに、仲間がレースやコンテストに出るというので自分も出てみようかなと思うようになったんです。最初のプロレベルの大会は、たぶんオアフで開催されたタートルベイでのサップコンテストで、14歳の時だったと思います。前年に大会を見に行って、自分も出たいと思って一年間練習して出ました。

最初に出たパドルレースは、2015年5月のマウイのオルカイレース、マリコラン(マウイで有名なダウンウインドコース、15キロくらいの距離)だったと思います。15歳の時、14フィートのナッシュのレースボードで18歳以下のクラスで優勝しました。その時も最初はタバルスからシュガーコーブの2キロくらいから練習し始め、次にマリコからシュガーコーブ(約五キロ)と、少しずつ距離を伸ばして練習しました。オルカイレースに出た頃から、もっとこれをやりたい、いろんな大会にも挑戦したいと思い、オンラインスクールに変えて各地の大会に出るようになりました。

━━━ 2キロ漕ぐ練習をしていた女の子が、その数年後にはモロカイからオアフまで、50キロのレースで完走してしまうんだからすごいですね。

海峡横断レースは本当に素晴らしい経験です。ほんとにきついけど、ふだんは感じたことがない感情が沸き起こってくるような感覚、でも突然やろうとしてもできることではないので、ほんとに少しずつスモールステップを繰り返しているうちに漕げるようになったと思います。

━━━ 若い選手のほとんどの親は選手だったり、サーファーだったりして、いろいろと教えてもらえることが多いと思います。アニーの場合は違ったけど、師匠というか教えてくれた人はいたんですか?

師匠という人はいなかったけど、ジェフリーがいつも一緒にプッシュし合ったり、新しいことにチャレンジする存在としていてくれました。あとはマウイではどの分野でもすごい人がたくさんいて、自分が海で練習していると、いつも応援してくれたり、教えてくれたり、アドバイスしてくれました。何かできるようになると、次はこれをやってみたら、というようにリードしてくれる年上の仲間がたくさん周りにいます。

例えばビッグウエイブにしても、ジョーズにいつか乗りたいと思っていても、ジェットスキーを持っているわけでもないし、親に連れていってもらうこともできない。そんな時にペイジ・アームズが手をさし伸べてくれて、最初の数回は彼女と一緒に行って、チャネルで波を観察しながらいろいろと教えてもらい、ラインナップでもすぐ横で教えてくれました。初めて乗った波は、彼女と一緒だったんです。

━━━ 初めてジョーズの波に乗ったのはいつですか?

17歳の時です。パドルで出ました。決して大きな日ではなかったけれど、ジョーズは一番小さな日でも割れるってことは十分大きいんです。

本当にスペシャルな日でした。珍しく風も弱く、そのうえサイズがないから男性はいなかった。ペイジ、ビアンカ、ケアラ・ケネリーと私の4人だけ、たった4人でジョーズにいて、それぞれ声をかけてこれはあなたが乗ってー!みたいに応援しあって最高の気分をシェアできた日でした。

小さい頃からジョーズの波に憧れてたけど、自分にできることなのかはわからなかった、トゥインでもしたことがなかったし。でもその日以来、ジョーズの波は最大の目標になりました。とは言ってもジョーズの波が割れる日なんて年に数回、それ以外の日には違うことを思いっきり楽しむことが、いざジョーズがブレイクした日への準備にもなると思っています。

━━━ だからいろんなスポーツをやるんですね

とにかく海が好きなんです。私にとって海は自分を癒す場所であり、海に入るとすべての陸の上での悩み事や不安、トラブルが海に溶けていくような感覚があります。とにかく海が好きで海に入っていられるなら、どんな方法でもいいんです。そりゃあビッグウエイブに乗った時の興奮、アドレナリンラッシュはたまらないけど、それ以外のことをやっていても、このユーフォリアのような感覚は得られます。あと、新しいものに挑戦して、苦労しながら努力して上手くなるっていうプロセスが好きなんだと思います。

カイ・レニーのすすめで、女性として初めてフォイルの最高峰のレースに出場

━━━ ほんとになんでも挑戦してすぐに上手くなっちゃうように見えるけど、難しすぎると感じたり、ギブアップしたくなった経験はありますか?

あります!何年か前に最初にフォイルが出だした頃、カイ・レニーがナッシュのレースボードを短くしたボードをフォイルにつけてダウンウインドしているビデオをYouTubeに出したことがありますよね?

━━━ あのビデオに衝撃を受けた人は世界に大勢いると思うし、あれがやりたくて挑戦した人も何人もいるはず、私もその一人ですね(笑)

そう、私もあれを観て フォイルがしたくなって、スペンサー兄弟とやってみたんです。でもめちゃくちゃ難しくて、それに怖かった。ビデオを観たのが夏だったと思うんですけど、それから4、5ヶ月はフォイルしなかったです。そしてクリスマスにまた再スタートして、それからは頑張って上達しました。

━━━ マウイの有名なパドルレース、オルカイレースで初めてフォイルが登場したのは弟の方のフィン・スペンサーで、当時13歳くらいだったのにブッチぎりのスピードを出したのも記憶に鮮明に残っています。そしてアニーもレースの最高峰とも言えるM2Oモロカイ2オアフにフォイル部門で唯一の女性として初めて出たんですよね。

あの時も元々はレースボードで出るつもりでいたんです。だからレースボードでずっと練習していたけど、フォイルでのダウンウインドも楽しくて結構やっていた時期です。カイ・レニーが「フォイルで出る女性はいないから、フォイルで完走する最初の女性になれるよ。フォイルで出た方がいい」とプッシュしてくれたんです。それでもまだ自信もなかったし、最後の最後まで悩んで、前日にモロカイに渡るまで、レースボードとフォイルボードの両方を持っていって、まだ決めかねていました。レース前日の夕方4時に、ディレクターに種目をレースボードからフォイルボードに変えさせてくれと頼んで出たんです。

━━━ 当時はギアもそれほど開発されてなかったし、特にダウンウインド用というデザインもなかったから、今よりずっと大変だったはず。

確かに本当に大変でした。ナッシュのギアで出たけれど、フォイルは小さくてなかなか浮かないし、そんな長距離をやったことは全くなかった。10回から15回くらい落ちました、でも完走した時の気分は最高でした。そして次の年に出た時は最初に出た年のタイムを2時間半も短縮したんです(笑)。

━━━ ここ数年コロナのせいでM2Oが開催されていないけど、次に出る時が楽しみですね

ほんとに!最初に出た時のレベルとギアと比べたら、今は本気で楽しんで乗れると思いますから早くやりたいな。

━━━ アニーのキャリアについてはいろいろなことを世界レベルでやっていて、記事には書き切れないくらい。女性版カイ・レニーと言われているけれど、今までどんな場所に行きましたか?

選手として大会を回り始めた頃、母は自分も世界を旅できるチャンスだと大喜びでした、まだ私は小さかったので母が付き添いで同行してくれて、二人で世界中を旅できた経験はほんとに貴重でした。

ロンドン、パリ、ニューヨーク、大阪でのサップレースは都会のど真ん中でやったので印象に残ってます。サンフランシスコでのサップレースは巨大な波の中での長距離で一番大変だった。デンマーク、ドイツなども行きました。波乗りではニカラグア、フィジー、メキシコ、とかかな。

━━━ 今ならどこに行きたいですか?

ショートボードを持ってメンタワイに行きたいです。あとはアラスカにってみたい、行ったことないけど自分に合ってるような気がするんです。

今年の「ビッグウエイブ・ライド・オブ・ザ・イヤー」を獲得したワンシーン ©︎Fred Pompermayer
今年の「ビッグウエイブ・ライド・オブ・ザ・イヤー」を獲得したワンシーン ©︎Fred Pompermayer

将来の目標は、女性として最高のウォーターマンになること

━━━ 今までのキャリアの中で思い出に残ってることはありますか?

たくさんあるけど、昨シーズンのピアワンの波は思い出深いですね。これもジェフリーガジェットでトゥインして乗れた波なんです。

朝、ハーバーにいくと、みんないるのにまだ出発してなくて、波はあるけど予想ほどではなく、みんなと乗るのを待ってスタンバイしている感じだったんですけど、私たちは人がいないうちに乗ろうって出ていったんです。ふだんはジョーズに直行するのですが、手前のピアワンがいつになくいい感じの波が割れていてすごく大きかった。

実際、最初に私がジェフリーを引っ張ったんですけど、その日彼は今まで乗った中で一番大きな波に乗ったと言っていました。でも誰もいなかったんです。だから残念なことに、カメラマンもいなくてジェフリーの乗ったすごい波は映像に残っていないんですけど。そのあと交代して、私が波に乗り始めたらだんだん波が小さくなっていって、それと同時にいろいろなチームがハーバーから出てきたんです。そんなタイミングで私の乗った波をカメラマンが撮っていてくれた。将来の目標は、女性として最高のウォーターマンになること!

あの波は最初はそんなに大きくなかったんです、だけど乗り継いでいくうちにウエストボールのところで一気に盛り上がり、チューブになり、それを乗り継ぐことができた。今まで乗った波の中で最高の波であることは確かです。

━━━ その波で今年の「ビッグウエイブ・ライド・オブ・ザ・イヤー」を獲得しましたよね。

はい、期待しないで出て行ったから余計にあの波に乗れたのは嬉しかったです。あとは昨シーズン最初に乗ったジョーズの波。それまでより奥からテイクオフし、クローズアウトしてしまったけど、ショルダーで乗っているという感じじゃない乗り方ができて、シーズンがいい形でスタートしたのでよく覚えています。次の冬が待ちきれない!

━━━ 今年のプラン、そして目標はなんですか?

7月・8月は、いくつかトリップのプランがありますが、まだはっきりはしていないです。もしかしたらフッドリバーに行ってフォイルのダウンウインドをするかもしれないし、マウイのパドルイムアは必ず出ます。オアフのレースも出るかもしれません。あとはこの冬のビッグウエイブシーズンに向けていろんな角度から準備をしっかり整えておけるようにしています。

ジムのプログラムで他のアスリートたちと一緒にトレーニングを欠かさないし、最近は有酸素運動のためによく走るようになりました。フリーダイブももっとやりたいと思っています。息を止めるのも、水の中で冷静でいることも、ジョーズではとても大事なことだしフリーダイブ自体の魅力にもハマっています。フォイルのパンピングは肺を鍛えるのに最高だし、サーフィンやサップパドルも筋力をつけるのにいい。ウイングは腕力、そして空中での動きに意識が向きます。

将来的な目標としては、ウォーターマンとして最高の存在を目指したい。ジョーズの大会で優勝すること、大きなチューブをメイクすることも目標です。

そして、さらにできればこのライフスタイルをキープしながら自分が持っている影響力をいい形で使えたら。日常的に環境保護のためになる行動ができたらいいなと思っているんですけど、まだ具体的に何ができるかが見えてこないんです。でもこれだけ恩恵を受けている海にペイバックしたいという気持ちがあって模索中です。海は私にとってヒーリングスペース、ダウンウインドしている時なんてまさに瞑想。だから、他の人にもそのことを知ってもらって、生きている中で海が与えてくれる愛を感じてほしいと思うんです。

━━━ アニーはアスリートとしても影響力のある選手だけど、アーティストとしても素晴らしいし、その二つの点がつながると環境活動の何かに使えるんじゃないかしら?

実はいまスポンサーのKTボードと話していて、板に私のアートワークを付けたボードをオークションに出して、その収入を環境のために使えたらと考えていたところなんです!

━━━ ほら、もうすでに始まっているみたい。なにかやりたいと思えば道は自ずと見えてくるんですね。応援してくれるスポンサーはありますか?

LIFT foil、KT boards、MFC ハワイの3ブランドです。他のスポンサーも募集中です。

━━━ 好きな言葉、読者にメッセージなどありますか?

自分が本当に好きなこと、情熱を注ぎたいことさえ見つけられればあとは簡単。だって好きなことなら苦労も苦労と思わずに頑張れる。そして苦労や難関のプロセスこそが一番成長する時だと理解して楽しむこと。

幼少のリトルアニーと今の私はその点では全く同じ考え方で行動していると思います。