渋沢栄一のDNAを継ぐ「東京ガス」の挑戦
再び注目される「論語と算盤(そろばん)」の思想
東京ガスの創設者が渋沢栄一だということをご存知ですか?
渋沢は若かりし頃に訪れたパリのコンコルド広場に灯ったガス灯に非常に感銘を受け、長きに渡り都市ガス事業を主導しました。当初、横浜や銀座に設けられたガス灯は、文明開花の象徴として急速に普及し、さらには商店や劇場、博覧会のイルミネーションに至るまで夜の街や文化を彩りました。その後、ガスは明かりとしての役割から熱源へと変容し、暮らしに欠かせないライフラインとなったのです。
渋沢といえば明治から大正にかけて活躍した実業家です。約500もの会社設立に関わり、加えて約600もの教育や福祉、慈善事業に携わったとされています。渋沢のモットーは「論語と算盤(そろばん)」、つまり社会貢献とビジネスを両立させなければ健全な社会は発展しないという考えを貫き通し、後継者にも固く戒めたと言われています。
これは、2015年に国連が定めた人類共通の目標「SDGs(持続可能な開発目標)の理念に通じ、再び脚光を浴びています。
そんな偉大な創設者を持つ東京ガスが、今直面しているのは2050年までにCO2実質ゼロを目指す「カーボンニュートラル」です。
17年かけてクリーンエネルギー「LNG」を導入した実績
東京ガスは今年で創立137周年。約50年前には高度経済成長期に増大したエネルギー需要と公害問題の両方を解決しようと、当時の都市ガスの原料であった石炭を、クリーンで高カロリーなLNG(液化天然ガス)へと先陣を切って転換したという歴史があります。言葉にすると簡単ですが、移行にはかなりの苦労がありました。
石炭から作るガスとLNGから作るガスとでは燃え方が違うため、社員が1戸1戸の家庭を訪問し、ガス器具の調整をするという作業を約17年かけて行ったそうです。
そうしてLNGが供給され始めたのが1972年、CO2排出量は石炭や石油に比べて大幅に減らすことができました。
東京ガスがリーダーシップを取り、日本の社会基盤をより良くする事業と、公害問題の解決を両立させる・・・・・・まさに渋沢の思想に通じる歴史的な出来事です。
そして今、CO2排出実質ゼロ「カーボンニュートラルメタン」なるものの技術開発に取り組んでいるのです。
2019年、政府より1年早く「カーボンニュートラル宣言」
今や世界一の都市ガス会社に成長した「東京ガス」。関東を中心に張り巡らされた導管鋼は6万km以上、地球1周半分に達します。さらに2016年の電力自由化に伴い、低圧電力事業にも参入しました。CO2の総排出量はどれくらいなのでしょうか?
「東京ガスが出しているものとお客様に提供しているガスを合わせると日本のCO2排出量の3%になります。これを大きなインパクトとして捉え、その3%の責任を持つ企業として、菅前総理による『2050年カーボンニュートラル宣言』がされる1年前の2019年11月にカーボンニュートラルを宣言しました。今でこそよく耳にする言葉ですが、化石燃料を使用している会社が宣言をするのですから相当な覚悟でした。また単にCO2ネット・ゼロにするだけではなく、それをリードし、当社だけでなくさまざまなステークホルダー(関係者)の皆さんを巻き込んでの動きにしていきたいと思います」と話すのは東京ガス サステナビリティ推進部環境デザイングループ担当課長の新井崇志さん。覚悟を持って業界をリードする姿勢は、創設時やLNGへの転換期に通じるものがあります。
「都市ガスを供給し続けている限り、CO2は出るんじゃないかと思われるかもしれませんが、そこを打破しようと挑み続けています。その1つがメタネーション。今はまだコストが高いけれどコストダウンできるよう頑張っています」
ガスの脱炭素化でもっとも有望視されているのは、再生可能エネルギーから作る水素(H2)と、二酸化炭素(CO2)を反応させ、都市ガスの主成分であるメタン(CH4)を合成する「メタネーション」という方法です。メタンは燃やすとCO2を排出しますが、メタネーションの原料となるCO2は発電所や工場などから回収するため、CO2排出は実質ゼロになるわけです。こうして出来たメタンは「カーボンニュートラルメタン」と呼ばれ、仮に2050年、都市ガスがLNGからカーボンニュートラルメタンに置き換わったとすると、年間約8000万トンのCO2削減効果があると試算されています。これは、日本全体のCO2排出量の1割弱に相当し、脱炭素化への絶大な効果が見込まれます(※1)
とはいえ、現在は技術開発中。東京ガスでは2030年までを移行期ととらえ、低炭素のLNGを有効活用しつつ、太陽光や風力など再生可能エネルギー開発に力を入れたり、CO2を再利用するなど、多方面からCO2削減のアプローチをしています。
多様な活動により、社会貢献とビジネスの両立を実現
東京ガスの取り組みはまだまだあります。
世界各国の環境保護プロジェクトにより削減されたCO2をクレジットという形でオフセットしたLNG「カーボンニュートラルLNG」や、実質再生可能エネルギー100%の「さすてな電気」など、消費してもCO2実質ゼロになるプランが設定されていたり、環境・社会貢献活動「森里海つなぐプロジェクト」にてCO2を吸収してくれるアマモ(海草)場再生や、生物多様性の保全、環境教育にも力を注いでいます。
「当たり前のように社会の役に立ちたいと思っている社員が多いのだと思います」と新井さん。渋沢のDNAは今も脈々と受け継がれています。
なお、日本のCO2排出量の15%弱が家庭から排出されています(※2)。環境に優しいインフラをチョイスしたり、省エネに努めるのは個人でできるSDGs。
東京ガスグループでは、家庭でできる省エネ法を紹介した「ウルトラ省エネブック」や、自然災害などでライフラインが止まってしまった時に備えた防災レシピを制作したり、期限が間近になった商品などを販売するECサイト「junijuni(ジュニジュニ)」を運営し、サステナブルな生活をサポートしています。下記のサイトもぜひ参考にしてください。
ウルトラ省エネブック(ウェブ版) https://www.toshiken.com/ultraene/
防災レシピ「日々のごはんともしものごはん」(ウェブ版) https://www.tokyo-gas.co.jp/network/hibimoshi/
食品ロス削減に貢献するサステナブルなECサイト「junijuni」 https://www.junijuni.jp/
都市ガスの歴史を学べる博物館「ガスミュージアム」https://www.gasmuseum.jp/
※1)出典:日本ガス協会「カーボンニュートラルチャレンジ2050 アクションプラン」
※2)出典:全国地球温暖化防止活動推進センター 日本の部門別二酸化炭素排出量(2019年度)
※トップの錦絵:闇の夜を明るく照らすガス灯は当時珍しく、多くの人が見学。林清親/1881年 提供:東京ガスネットワーク ガスミュージアム
文◎坂部多美絵(さかべ・たみえ)
スキューバダイビング専門誌「月刊DIVER」元編集長。自らダイビングインストラクター・潜水士の資格を保有し、海のスペシャリストとして海外約30カ国 100回以上、国内は沖縄・伊豆を中心に200回以上取材。ダイビングトータル本数1500本以上。現在は海やSDGsをテーマにした執筆、トラベルエディターとしても活動。