CULTURE

「ストランディング」----
海岸に打ちあがるクジラたちの遺言

SCIENCE
2022年2月28日
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2018年、夏。シロナガスクジラが由比ヶ浜海岸にストランディングした!

今回の原稿のお話を頂いた時、大学時代、週末になるとサークルの先輩たちに連れられて、鎌倉市の由比ヶ浜海岸の「坂の下」あたりで、ウィンドサーフィンをしていたことを思い出した。プロ並の先輩たちの風乗り?波乗り?を横目に見ながら、我々一年生は、ボードの上に乗って、セールを引き上げては海に落ち、引き上げては落ちの練習ばかりで、手に豆が出来ることもあった。その後も先輩達に踊らされ、由比ヶ浜で開催された「From A Cup」というレースにまで出場し、「ブービー賞」を頂き、マウイ島の風と波も経験した。

そんな思い出深い由比ヶ浜海岸に、2018年8月、科学的データの揃った事例としては国内初となる、シロナガスクジラがストランディング(自ら海岸に打ちあがる現象)した(写真①)。青天の霹靂である。体長は1052cm、オス個体。体長と外貌観察よりまだ1歳にも満たない哺乳期個体であった。全国的に有名な海岸に、なぜこんなに大きなクジラ(ヒゲクジラ)が自らストランディングしてしまうのか?国内では、年間300件ほど海の哺乳類のストランディング報告がある。約1日1頭どこかで誰かが打ちあがる計算になり、決して少ない数ではない。ウィンドサーフィンと共に青春を過ごした大学は獣医系大学であり、私自身は病気に関する研究を進めていた。そのため、大海原に生きている海の哺乳類が何故ストランディングしてしまうのか?その理由を病気という観点から解明できないか?と学生時代に思い立ってしまい、現在に至る。

写真①:2018年8月、神奈川県鎌倉市由比ヶ浜にストランディングした国内初となるシロナガスクジラ(体長1052cm、オス)、背景に稲村ヶ崎が見える。
写真①:2018年8月、神奈川県鎌倉市由比ヶ浜にストランディングした国内初となるシロナガスクジラ(体長1052cm、オス)、背景に稲村ヶ崎が見える。

ストランディングが伝える、海洋プラスチック問題の深刻さ

クジラやイルカ、アザラシやアシカ、ジュゴンやマナティ、ラッコ、ホッキョクグマなどは海に棲んでいるものの、我々と同じ哺乳類である。そのため我々と彼らには共通点が沢山あり、罹患する病気や内臓や構造も同じところが多い。そのため、獣医大で学んだ知識を彼らに応用することはそれほど難しいことではなく、彼らに触れれば触れるほど我々自身を知ることにつながり、彼らが棲息する環境の現状を知ることもできる。前出のシロナガスクジラ幼体のお腹の中から、直径7cmほどのプラスチック製ビニール片が観察された。乳飲み子のお腹からこうしたヒト社会由来の海洋プラスチックゴミが発見されたことは、死因と関係ないとはいえ、海洋プラスチックゴミの蔓延はここまで来ているのかという現状を我々に突きつけた。子どもとはいえ、体長10mのクジラにわずか7cmのプラスチック片が入っていた事自体は、さほど問題ではないのかもしれない。ただ、まだ母乳だけを飲んで生活している幼体でも、こうしたプラスチックを誤飲する機会があるという確率に驚かされるのである。これがもっと小さな魚や他の生物であったらどうだろう?プラスチックを誤飲しただけで、消化器の機能不全や餓死を引き起こす場合もある。

海面に漂うプラスチックは、肺呼吸する彼らの妨げにもなる。哺乳類である以上、呼吸するために必ず海面に浮上し、我々と同じく大気中から酸素を得る必要がある。海底に蓄積したプラスチックは、海底に生息する生物の生息域を奪ってしまうだけでなく、湧昇流(海洋深層水が表層近くへ湧き上る現象。 栄養塩の豊富な深層水が光の届くところに運ばれるため、食物連鎖の源となる植物プランクトンが大量に繁殖し、良好な海洋環境を保つ)を妨げ、表層に生きる生物たちの明日の糧を奪う。さらに近年では、こうした海洋プラスチックに環境汚染物質に属するPOPs(Persistent Organic Pollutants、残留性有機汚染物質)が吸着することまで判明してしまった。つまり、エサ生物を介して生物濃縮する事が知られていたPOPsが、海洋プラスチックを介しても生物濃縮するのである。POPsが生物体内に高濃度蓄積すると、免疫低下が引き起こされ、健常個体でも通常なら軽症で済む病気で死んでしまう事がある。彼らに起こることは、同じ哺乳類である我々ヒトへも懸念されることであり、対岸の火事ではない。

海洋プラスチックは、20年前からクジラの生命を脅かしていた

写真②:1993年2月、山形県温海町にストランディングしたオウギハクジラの胃に貯留する海洋プラスチック
写真②:1993年2月、山形県温海町にストランディングしたオウギハクジラの胃に貯留する海洋プラスチック

かれこれ20年以上、国内のストランディング個体の調査や研究に携わっているが、20年前に調査したクジラの胃から、すでに海洋プラスチックを発見している(写真②)。感染症や病気で死んで流れ着く個体も経験するが、漁網に絡まる、船のプロペラに引かれる、船と衝突してしまうという個体も決して少ないくない現状もある。追い討ちをかけるように、地球温暖化、沿岸の富栄養化、海の酸性化、マイクロプラスチックなど、海洋や生物たちにとって良くない言葉、それもそのほとんどが我々ヒト社会が作り出したもの、ばかりを耳にすると、現場で死体を目の前にしながら、遣る瀬無く途方に暮れる。しかし、そんな現状でも逞しく生きるクジラやイルカ、海の生き物たちから励まされることもしばしばで、よーし!また頑張るかっ!と自分を奮い立たせる。生命の源-海、という言葉通り、我々も海がなければ色々な意味で生きられない生物であるならば、その海をもう少し気に掛ける時間や心の隙間を作りたいものである。

文・写真(文中)◎田島木綿子(たじま・ゆうこ)
国立科学博物館 動物研究部 研究主幹。筑波大学連携大学院准教授。獣医師。日本獣医畜産大学獣医学科卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士号(獣医学)修得。2005年からTexas大学およびカリフォルニアのMarine mammals centerにて病理学を学び、2006年から国立科学博物館動物研究部に所属。博物館業務に携わるかたわら、海の哺乳類のストランディングの実態調査、病理解剖で世界中を飛び回っている。雑誌の寄稿や展示監修の他、率直で明るいキャラクターに「ガイアの夜明け」「NHKスペシャル」などテレビ出演や講演の依頼も多い。