CULTURE

古典フラ・カヒコが
太古から祈り続けてきたこと

FOLKLORE
2022年1月22日
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800万もの神々に捧げる祈り

私は約2年、ハワイに留学していたことがあります。目的は語学の勉強とハワイ大学海洋哺乳類学研究所でのイルカの研究でしたが、その他にもユニークで素晴らしい経験をたくさんさせてもらいました。中でもハワイ伝統のダンス・フラを習得したことは、今の私の価値観に大きく影響する経験となり、帰国してから約20年経つ今でも心身の健康を保つために欠かせないものです。

フラには2種類あります。観光地でよく目にする華やかで笑顔あふれる現代フラ・アウアナは19世紀以降に観光用のショーとして創作されたもので、歌詞の内容は土地や王族を讃えるものから、クリスマスソング、愛する人を花に例えたラブソングなど多岐にわたります。

いっぽう、太古から伝承されている古典フラ・カヒコは神へ捧げる踊りです。ハワイには、海や森、太陽や月など自然を司る神から、サーフィンや漁業など、スポーツや職業の守護神に至るまで約800万もの神々が存在すると言われています。ハワイの先住民にとってフラは神々へ平穏を祈り、感謝する宗教的な儀式でした。祈りを捧げる際はヒョウタンをくり抜いた楽器・イプヘケでリズムをとりながらチャント(詠唱)を唱えます。かつて文字を持たなかったハワイの人々はチャントの詩を通して神話や歴史を語り継いだのです。

森羅万象に宿るマナ

詩に使われるハワイ語も奥深く、ハワイの人々の優しさや自然を大切に思う気持ちをじつによく表しています。

古代ハワイでは森羅万象すべてのものにマナ(命・霊力)が宿ると信じ、あらゆるものを命あるものとして扱っていました。それは自然現象もしかり、驚くことに雨を表す言葉は200以上、風には600以上の固有名詞があります。ハワイ島の渓谷に吹く強風、マウイ島に吹く優しい海風、どれも個性を持つマナとされていたのです。

フラダンサーは全身を使って物語を伝えるストーリーテラーです。指先で花のつぼみを作ったり、手のひらをウェイブさせて波を表現したり、強風も優しい海風もそれぞれイメージしながら演じ分け、物語を紡ぎます。

私の先生であるジュリアは、よく生徒たちを連れて歌詞の舞台になっている場所を訪ね、フラを踊るというプチイベントを企画してくれました。緑深いマノアの滝、サンセットを望むアロハタワー、星降るワイキキビーチ・・・・・・私は初めてこのイベントに参加した時、大自然のエネルギーが体を媒介する感覚を味わいました。

「わ、気持ちいい。くすぐったい!」

身も心も大自然にさらされた感覚です。ジュリアが教室で言っていた「大地を感じて」「海を感じて」「花を愛でて」という抽象的な言葉がこの日から理解できるようになりました。さらにその日、フラシスター(フラ仲間)の踊りを鑑賞しているうちに、指先や風になびく長い髪にマナの宿りを感じたのです。スピリチュアルと思われるかもしれませんが、当時の私にとってはさして特別な感覚ではありませんでした。それは美しく雄大な自然が身近にあったからです。

フラを踊ることはインプットした森羅万象をアウトプットすること。これを繰り返した結果、どこにいても音楽を聞いた瞬間から花の香りに包まれ、潮風を感じることができるようになりました。移動が制限されたここ2年は、特にフラを習っていてよかったと感じます。

ハワイ語に込められた大切なメッセージ

ここで、ハワイを象徴する2つの言葉を紹介します。

1つ目は挨拶でもお馴染みのALOHA(アロハ)。じつは5つのハワイ語の頭文字が使われています。Akuhai(思いやり)、Lokahi (協調)、Olu’olu(喜び)、Ha’a Ha’a (謙虚)、Ahonui( 忍耐)。アロハ・スピリットとは、相手を思いやり尊重し、喜びは分かち合い、苦しい時は寄り添うという精神です。

2つ目はPONO(ポノ)という言葉。バランスや秩序を意味し、たびたびフラの歌詞にも登場します。地球上のすべてが本来あるべき正しい状態にあることをポノと言います。精神状態、健康状態、人間関係、自然環境においても調和・バランスが大事だということ。また神(自然)、守護神、先祖、親、子、という順序・秩序を顧みず、先祖や伝統を大切にしないと混乱に陥るというのです。

ハワイから帰国後、水中リポーターとして世界の海を潜ってきた私は、地球温暖化によるサンゴの白化や海洋プラスチック問題、都市開発による水質汚染を目の当たりにしてきました。循環できない廃棄物が海へと流れ、海に溶け出した化学物質は巡り巡って人へと戻ってきます。ポノやアロハの根底にある考えは「すべては繋がっている」ということ。産業が発達するにつれ、人間は自然との繋がりをイメージできなくなったのかもしれません。さらに人と人との繋がりや、個人の精神バランスにおいてもポノではない状態が見受けられる昨今、フラは大切なメッセージを伝えてくれる古からのラブレターに思えてなりません。

文◎坂部多美絵(さかべ・たみえ)
スキューバダイビング専門誌「月刊DIVER」元編集長。自らダイビングインストラクター・潜水士の資格を保有し、海のスペシャリストとして海外約30カ国 100回以上、国内は沖縄・伊豆を中心に200回以上取材。ダイビングトータル本数1500本以上。現在は海やSDGsをテーマにした執筆、トラベルエディターとしても活動。