JWA REPORT

サステナブル・ツーリズムを目指す
タイ・タオ島の先進エコリゾート

INTELLIGENCE
2021年11月15日
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世界中のダイバーたちの楽園

私はこれまで、スキューバダイビング専門誌の編集者兼水中リポーターとして、国内外さまざまな海に潜ってきました。1回で1時間ほど水中滞在できるダイビングの楽しみ方はさまざまで、かわいらしい熱帯魚や10m以上もあるジンベエザメと一緒に泳いだり、遺跡のような地形に圧倒されたり、透明度の高い海域でただただ浮遊に興じたり・・・本来人間が行けない場所ですから未知なる出会いに溢れています。また、海洋プラスチックゴミや地球温暖化によるサンゴの死滅など、環境問題を目の当たりにできる意義深いレジャーでもあります。

自然が大好きで旅をしているけれど、人流こそが自然にインパクトを与えていることも事実です。なるべく自然に優しい旅がしたい・・・そう願う中、心を動かされたのがSDGsを推進するタイのエコリゾートでした。タイでは、ホテルの格付けに「星」以外に「青葉」が用いられています。1998年に設立された「グリーンリーフ財団」のもと、環境に対する高い意識と活動が1〜5段階で評価され、優秀なホテルには「グリーンリーフ(青葉)証明書」が授与されます。

エコリゾートに滞在する魅力の一つは、環境に関する取り組みを学び、体験できることにあります。今回は、昨年取材したタオ島のリゾートを紹介します。タオ島は南北7km、東西3kmの小さな島ですが、多くの観光客が訪れ、そのほとんどがダイバー。ダイビングライセンスの発行数は世界一です。私が宿泊した「バンズダイビングリゾート コタオ」(以下バンズ)はダイビングショップが併設されたリゾートホテルで、200の客室、レストラン、プール、ジム、コンビニ、ヘアサロンまで備え、地元の人からは「バンズ村」と呼ばれるほど巨大な施設です。

インストラクターだけでも20〜30カ国からやってきた100人近くが常駐しています。敷地内を歩いているとプールでライセンス講習を受ける人や、レストランでログ付け(ダイビングの記録付け)をしながら談笑するグループなど、多国籍のダイバーたちが思い思いに過ごす、さながら世界中のダイバーたちの楽園。レオナルド・ディカプリオ主演の映画「ザ・ビーチ」を彷彿とさせる自由な雰囲気にワクワクします(実際、映画の舞台はタイです)。

食材もアメニティも自社製オーガニック

そんなバンズが目指しているのはサステナブル・ツーリズム(持続可能な観光)。近年問題になっているリゾート開発によるサンゴのダメージやプラスチックゴミ問題に配慮し、客室の飲料水はペットボトルではなく瓶で提供され、エコバッグも常備されています。また、マイボトルを持参すれば無料で給水してくれる飲料水ステーションが設けられるなど、徹底したゴミの削減・分別が行われています。

最も驚かされたのは、100%オーガニックの野菜や果物などを育てる広大な農園や養鶏場、養蜂場を敷地内に所有していること。ゲストはそこで収穫体験を楽しむことも可能です。客室にあるシャンプー&コンディショナー、ボディソープ&ローションなどアメニティも農園の植物がブレンドされた自社製品。これらは素敵なパッケージで商品化され、お土産としても好評です。また、再処理施設も備え、「生産​」→「消費」→「廃棄物を肥料や洗剤にして再利用」というサイクルをリゾート内だけで確立させています。

ゲスト参加型のエコ活動

リゾートでは珍しいビーチクリーンナップも盛んに行われています。あるダイビングインストラクターの発案から始まったクリーンナップ活動は、ゲストの間でも広がり、今ではリゾート全体が取り組む毎朝のルーティンになっています。ゲストの参加は任意ですが、多くのゲストが参加し、朝食後、ダイビングに向かう前に1時間ほど行われます。

リゾート前のビーチという限られたエリアですが、私が参加した日はビール瓶7本、タバコの吸い殻が約100コ、プラスチックのコップ6コ、プラスチックストロー10本など、細かいゴミを収集しました。ちなみにバンズのレストランではストローもステンレス製が使われるなど脱プラスチックに尽力していますが、町でプラスチックが使われている限り、風や人によって海へと運ばれてきてしまいます。

プラスチックゴミが問題になっているのは、野生生物が誤飲して死んでしまうこと、そして食物連鎖の中で人間も少しずつ食べてしまっていること。ある研究で人は1週間にクレジットカード1枚分相当のプラスチックを体内に取り込んでいると発表さています。人体への影響はまだ解明されていませんが、同じ哺乳類であるイルカやクジラについては免疫力の低下が指摘されています。「世界中からダイバーが集まる場所だからこそ、社会的な責任を果たしていきたい」バンズのスタッフが語ってくれました。バンズでは海中のクリーンナップも定期的に実施しています。そのため、ダイビングポイントにもなっている目の前の海はクリーンで、多種多様な生き物がゲストを迎えてくれます。

地道なエコ活動によって美しい海が保たれ、楽しいダイビングを持続可能にし、自然にも人にも優しい環境をキープしている・・・世界随一のライセンスカード発行数を誇るリゾートの真髄を見ました。これらの取り組みは「conservation learning center」という施設で見学でき、地元の学校が定期的に社会科見学に訪れるなど、環境教育の一翼も担っています。

コロナ禍で考えさせられたSDGsの難しさ

実はこのタイ取材を行ったのは2020年2月。ちょうど日本でも新型コロナ感染拡大が始まった時期で、私は、これ以降海外取材に行くことができずにいます。しかし、移動が制限されたコロナ禍の時期は、あらためて環境について考える機会になりました。

コロナ禍の今、世界各地のビーチリゾートから「空気がきれいになった」「生き物が戻ってきた」という話をよく聞きます。バンズのスタッフからも、海の透明度が上がったり、ジンベエザメやイルカとの遭遇率が高くなったり、格段に海の環境が改善されたといった報告を受けます。観光という経済活動を続けながらSDGsを実現することの難しさを考えさせられる一方で、私たち人間にとって自然や生物と触れ合うことが心身の健康にどれだけ大切なことなのかも実感します。限りある資源を大切にし、持続していくことが「SDGs」。これからは旅する私たちの価値観の変革が求められます。自然に優しいリゾートをチョイスすることもその1つ。バンズのような先進的なエコリゾートの存在が、そのきっかけになることは間違いないでしょう。

文◎坂部多美絵(さかべ・たみえ)
スキューバダイビング専門誌「月刊DIVER」元編集長。自らダイビングインストラクター・潜水士の資格を保有し、海のスペシャリストとして海外約30カ国 100回以上、国内は沖縄・伊豆を中心に200回以上取材。ダイビングトータル本数1500本以上。現在は海やSDGsをテーマにした執筆、トラベルエディターとしても活動。