CULTURE

ハワイの伝統航海カヌー
「ホクレア」が教えてくれること

HERITAGE
2021年6月22日
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現代に蘇った伝統航海

太平洋の真ん中に、ぽつんと浮かぶハワイ諸島。地理的に世界で最も孤立したハワイの島々に最初に人が辿り着いたのは、今から約1300年ほど昔のことだといわれています。海図もコンパスもない時代、人々は一体どのようにして数千キロの海を渡り、水平線の彼方の島々を見出していったのでしょうか。

ポリネシア(*)の神話や伝承では、人々は遠い昔、星や太陽の動きを頼りに海を渡り、島々のあいだを自由に行き来していたと伝えられています。また、18世紀にこの海域を訪れたキャプテン・クックも、ポリネシアの伝統航海術について記述しています。けれどそうした伝統は長い間、失われていました。その伝統航海を現代によみがえらせるために造られたのが、伝統航海カヌー「ホクレア」です。

1975年に建造されたホクレアは、翌1976年、コンパスなどの計器を一切使うことなく、星や波、風など、自然からのサインを読み解きながら、ハワイからタヒチへの約4千キロの航海を成功させます。この航海の成功は、ポリネシアの人々の誇りを深い部分から呼び覚まし、一度きりの航海の予定だったホクレアは、その後、現在まで40年以上に渡って世界中を航海し続けています。さらにホクレアをきっかけに、ハワイ諸島のみならず、タヒチ、ニュージーランド、クック諸島などで、20艘以上の新たな航海カヌーが誕生し、各地で様々な活動を展開しています。

(*)ハワイ、ニュージーランド、イースター島の3カ所を結んだ海域

人と自然の“関係性”

伝統航海では、方位磁石や六分儀、速度計といった近代計器は一切使いません。代わりに、星や太陽、月の動き、うねりのパターン、風や雲の変化、野生動物の動きなど、自然から得られるサインをもとに、航路を導いていきます。ナビゲーター(航海術師)は、そうした自然のサインを一日に数千ほど観察し、読み解きながら、針路を見出していきます。

自然から得られるサインを最大限に読み取るために、感覚を研ぎすまし、目からの情報だけでなく、身体感覚すべてを使って、変化を捉えていきます。触覚や匂い、肌の感覚、湿り気、風の当たる音など、自分たちが持っている感覚すべてを最大限に使います。現代社会で、膨大な量の情報に囲まれている私たちは、無意識のうちに人として本来持っている感覚を閉じているのではないでしょうか。おそらくそれは、情報過多から身を守るための自然な反応なのかもしれません。伝統航海は、そんな現代社会のなかで、私たちが本来持っている身体感覚を呼び覚ましてくれます。

さらに自然という対象と膨大な時間を共に過ごすと、そこに“関係性”が生まれます。海の上で多くの時間を過ごし、自然を観察し、パターンを知り、学ぶ。それを繰り返していると、単なる情報ではない何かを得られる感覚が生まれてきます。小さな変化や、「なにか違う」という状況を察知しやすくなります。そうした自然との関係性が、伝統航海を根底で支えています。

カヌーは島、島はカヌー

伝統航海で海を渡ると、自分の生命が何に支えられているのかが、とてもクリアになります。
大海原にカヌーという存在があり、そこに水があり食料があり、共に支え合うクルーがいる。どれひとつが欠けても、自分の生命が存在することはできない。すべてに支えられて今、自分の生命がここに存在している、ということを、頭ではなく体感として理解することができます。

ハワイには「カヌーは島、島はカヌー」ということわざがあります。見渡す限りの大海原で、自分たちの命を支えてくれるカヌー。それは島のようなものであり、また自分たちの暮らす島は、ひとつのカヌーである。さらに大きく捉えれば、広大な宇宙空間で、私たちの生命を支える“地球”も、ひとつのカヌーと言えるのではないでしょうか。

その“カヌー”で今、何が起きているのか?
私たちひとりひとりが、自分を取り巻く環境、そして地球上で何が起きているのか、目に見えない部分も含めて、感じとっていくことが必要です。人として与えられた感性や感覚を存分に活かして、変化を感じとり、行動していく力は、今後ますます大切になっていくはずです。

2017年に世界一周航海を終えたホクレアは現在、2022年から約3年半の歳月を掛けて太平洋を一巡する航海を計画しています。ハワイからアラスカ、アメリカ西海岸を辿り、タヒチ、ニュージーランド、オーストラリア、さらに北上してアジア諸国、そして日本にも寄港する予定です。

私たちがこれから、いかに自然と向き合い、この地球で生きていくのか。ひとりひとりが自然との関係性を見直し、次世代に向けて何を選択していくのか。ホクレアは世界の海を巡りながら、問いかけ続けます。

文・写真◎内野加奈子(うちの・かなこ)
伝統航海カヌー「ホクレア」日本人初クルー。歴史的航海となったハワイ―日本航海をはじめ、数多くの航海に参加。ハワイ大学で海洋学を学び、自然と人の関わりをテーマにした執筆活動、絵本制作に携わる。著書に『ホクレア 星が教えてくれる道』(小学館)『星と海と旅するカヌー』『サンゴの海のひみつ』(きみどり工房)など。